「言葉のありとあらゆるイマージュをかくまってこれを使うこと、なぜならこれらのイマージュは砂漠にあり、そこに探しに行かなければならないから。」(ジャン・ジュネ『恋する虜』鵜飼哲・海老坂武訳)
「沙漠ーサハラ(صحراء)」とは、ヨーロッパ的「北方」とアフリカ的「南方」のあいだに横たわる広大な緩衝地帯としての<空地>である。それは「北」と「南」の往還運動のはじまりにして終わりであり、不時着と彷徨の無方向的な場(トポス)である。明晰な語りから逃れてゆく無限の砂塵を前に私たちの知と言葉は脱落し、全てを溶かしてしまうかのような大気のなかで我々はただ「まなざすこと」しかできない。しかし、そのカオスに穿たれた最小の構造すなわち「沙漠のコンポジション」は、視覚的なリズムとして、より一層私たちの眼に“響く”ものである。沙漠はあらゆる音を削ぎ落とす「沈黙の声」に包まれている。だからこそ私たちは、<もの-存在>に内在する「震え」をより強固に知覚し、世界がその微少な響きに満ちていることに耳をすますことで、<もの-存在>のひかりの律動に身体が貫かれるのである。
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